北米ギター放浪記

番外編#2「インゴルシュタッド」

2008年7月26日

routemap

この日はドイツ南部の街インゴルシュタッドまで移動して、夕方には故マルセル・ダディとも親交があったというM氏のお宅で開かれるガーデンパーティーで演奏することになっています。予定では、レムゴを10時頃出れば3時過ぎにはインゴルシュタッドに着くはずです。M氏とは別にインゴルシュタッド近郊の街に住むT氏からも誘いの声が掛かっていたので、M氏に頼んで彼もガーデンパーティーの方に参加してもらうことにしました。インゴルシュタッドの駅まではT氏が迎えに来てくれるとのこと。

*マルセル・ダディ(Marcel Dadi):1996年にCAASからフランスに戻る際にトランスワールド航空800便墜落事故で帰らぬ人となった5人いるCGPの1人。

前夜の余韻が残る中、起き抜けにシャワーを浴びました。前日の教訓から、お湯が流れる方向を確認しながら入ったので水浸しにならずに済みましたが、段差はあった方がいいと思います。3階に上がると、B氏の息子とその彼女も来ていました。お世話になったお礼にB氏のLakewoodギターで「Here Comes The Sun」を弾きました。朝の陽射しが眩しい屋根裏部屋にはぴったりな曲です。

9時過ぎに奥さんや息子さんカップルにお別れの挨拶をして家をあとにしました。レムゴ近くのAltenbekenという駅でローカル線に乗り、そこから15分ぐらいのWarburgという駅で別の電車に乗り換え、Kasselという駅まで行けば予定していた列車に乗れるとのこと。駅に向かいながらレムゴの街について色々と教えてくれました。全部見るにはあと何日かいないとダメとのこと。ここまで自分の地元を人に自慢できるのは素晴らしいことだと思います。途中から徐々に口数が少なくなり、駅の近くに駐車スペースがないと分かった時点から少し不機嫌になり始めました。どうも予定している電車までそれほどの余裕がないみたいです。駅前で降ろしてもらい、先にプラットフォームまで行くと、すでに列車が駅に近付いていました。遅れてB氏も来ましたが、日本で言えばすでに発車ベルが鳴っている状態です。「また会いましょう」としっかり握手を交わして電車に乗り込みました。車内は人や荷物に加えて自転車も結構な台数乗り込んでいるので、まるで日本の通勤ラッシュ時のように一度体勢が決まると動けないような状態でした。何とか自分の場所を確保して窓の外を見ると、B氏はなぜかこちらに背を向けていて、そのまま電車は走り出しました。想像するに、男は涙を見せないといったところでしょうか。私はその背中に向かって精一杯のお礼の気持ちを込めて手を振り続けました。

私の周りには制服を着た高校生が大勢いました。私は連結部分のトイレの前にいたのですが、体勢を変えることもできない状態です。Warburgでの乗り換えをミスることは許されないのですが、連結部ではアナウンスもよく聞こえません。いちかばちかでその高校生達が降りる駅で一緒に降りることにしました。車両の一部にアクリルで囲った比較的空いているスペースがあり、そこにも何人か座っていたのですが、そこがどういうスペースか分からないのと、下手に動いてやっとのことで確保した今の場所を失うともっと辛いことになると思い、ひたすら耐えました。最後の10分ぐらいは足が痺れていました。後で知ったのですが、私が持っているパスはローカル線でも一等に乗れるもので、アクリルで囲まれていたエリアがその一等エリアでした。

そのうち高校生達が降りる支度を始め、連結部分に乗っている人も自転車もほとんどがその駅で降りるらしく、通路にギターを背負った状態で立っていた私は自分の意志に関係なく流れと一緒に外に出るしかありませんでした。駅名を確認すると、そこは最初の乗り継ぎ駅Warburgでした。近くの人にKasselまで行くにはどの電車に乗ればいいかを聞き、教えられるまま電車に乗り込みました。こうして無事最後の乗り換え駅Kasselに着いたのですが、特急らしき列車が何本か停まっていて、どれに乗ればいのかが分かりません。近くにいた駅員さんに聞いても「英語が分からない」と言われてしまい、ウロウロしているうちにその中の一本が静かに駅を出て行きました。嫌な予感がしましたが、やっと英語が通じる人が見つかり確認すると、かすかに見える列車を指差し、今出たばかりとのこと。

駅の切符売り場でインゴルシュタッドまで行く次の列車の座席指定をし、公衆電話からB氏に電話して列車に乗り遅れたこと、次の列車が1時間半近くないこと、よって3時前にインゴルシュタッドに着く予定が4時半頃になることをM氏と駅まで迎えに来てくれるT氏に伝えるようにお願いしました。この時点で彼ら3人は互いに面識がなく、連絡がうまく行くか不安でしたが、ここは祈るしかありません。しばらくKassel駅構内のだだ広いロビーでボーッとしていましたが、早めのお昼でもということで構内にあったバーガーキングに入りました。何でも次の特急はこの駅ではなくローカル線で次の駅Kassel-Wilhelmshöheまで行ってそこで乗り換えることになるとのことなので、余裕を持ってローカル線でKassel-Wilhelmshöheに向かいました。Thomas Cookによれば、これで間違いはないはずなのですが、ここで間違えると大変なことになるので、通路を挟んで反対側のボックスに座っていた若い娘さんに「Kassel-Wilhelmshöheに行くにはこの電車でいいのですか?」と確認しました。幸い彼女は英語が通じ、最終的にインゴルシュタッドに行くのであればこの列車で間違いなく、彼女もその駅で別の特急に乗り換えるとのこと。5分かそこらでKassel-Wilhelmshöheに着いた。先ほどのKasselよりは大きな駅で、駅前にはオープンカフェがありました。列車の時間までまだ1時間近くあったので、そのカフェで時間を潰すことにしました。

Kassel-Wilhelmshöhe

乗車まで15分ぐらいになった頃にカフェを後にして駅に戻り、先に確認しておいたプラットフォームに向かいました。定刻通りに列車が到着し、また豪勢な一等車での移動となった。朝の足がワナワナしていた移動と比べればまさに天国のような乗り心地です。余りにもの心地良さにウトウトし始め、そのまま寝落ちし、間もなくインゴルシュタッドに着くというアナウンスで目が覚めました。危ないところです。駅に降りると、親子がこちらをじっと見ていました。T氏とその家族です。向こうは私をYouTubeで見ていて、この日にギターを背負ってインゴルシュタッド駅にいるアジア人は私ぐらいしかいないので、すぐに分かったようです。

MrT and his family

駅前の駐車場に泊めてあった車に乗り込み、M氏の家に向かいました。私は寝起きということで多少ボケボケしていましたが、T氏家の皆はどこか緊張気味です。ありがたいことに、家族全員で私のファンだとのこと。できれば、今晩はM氏の家ではなく、自分の家に泊まって欲しいと言われましたが、すでにM氏が私が泊まるつもりで用意してくれていることを説明し、丁重にお断りしました。途中、ドナウ川に掛かる小さな橋を通り、10分ほどでM氏邸に着きました。なかなか大きな家で、元々2軒だったのを1軒にしたそうです。

この日はプライベートな集いだと聞いていたのですが、家の裏手にある庭にはちょっとしたステージがあり、近所の人が30人ぐらい集まっていました。ピックアップなしのラミレスではちょっと無理ということで、M氏が持っていたギブソンのチェットモデルを借りての演奏となった。以前私が持っていたのは重いソリッドタイプのもので、その余りにもの重さに数ヶ月で手放してしまいましたが、この日借りたのは、中が空洞になっているので、軽量で生音もかなりいい感じで鳴っていました。すでに生産中止になっているとのことでしたが、これだったら手放していなかったはずです。

Gibson Chet model

*カークサンドギターの原型かもしれません。

演奏が始まると、それまで騒いでいた子供達が親に促されたのか、すぐに席に着き、大人達も食べるのを忘れてじっと私の方を見ています。2曲ほど弾いてから、子供達は好きなように遊んで、大人達はバーベキューの方も楽しむようにお願いしました。それでも何人かはほとんど食べずに私の方を見ていましたが、子供達は待ってましたとばかりに駆け回り始めました。2時間ぐらいすると雲行きが怪しくなってきて、そのうち雨がポツポツと落ちて来ました。結局、私はずっと弾き続けたため、バーベキューの方は、皆が帰ってから残り物を温め直してもらいました。

garden party

この晩、私が泊まったのはM氏の書斎でネット回線があったので、拝借してメールをチェックしました。YouTubeのコメントやメッセージがかなり溜まっていましたが、疲労と睡魔には勝てず、返事はせずにそのままベッドに入りました。翌日はオーストリアのブレゲンズまで移動する予定になっています。

Mr and Mrs M

*文中に登場する人物は、本人の確認が取れるまではイニシャル表記にしてあります。

「レムゴ」Supporter's Area「ブレゲンズ」

目 次

はじめに
出国まで
シアトル
カリフォルニアへ
休息日
サニーベール
LAへ
レドンドビーチ
ツーソンへ
アルバカーキ
コロラドへ (奇跡の旅の始まり)
バーザウド
デンバー
オクラホマシティーへ
オクラホマシティー 2 days
テキサスへ
サンアントニオ
ジョージタウン
ダラス
ヒューストン 2 days
ベントン
ナッシュビル (CAAS)
ロスウェル
タンパ 2 days
マイアミ
オーランド 2 days
マートルビーチ
チャペルヒル 3 days
キングスポート
インディアナへ
インディアナ州フィンガースタイルコンテスト
スタテンアイランドへ
マンハッタン
フィリップスバーグ
ナザレス(マーチン工場)
マサチューセッツへ(奇跡の完結)
メシュエン
モントリオールへ
バッファローへ
メドヴィル前乗り
メドヴィル幽霊ホテル
デトロイト
シカゴ
ミネアポリス
番外編
番外編#2「2008年欧州ツアー/出発まで」
チェコ1
チェコ2
ロンドン
リバプール
チェシャム
ドイツへ
レムゴ
インゴルシュタッド
ブレゲンズ
イタリアへ
フィレンツェ
最後のライブ
帰国