北米ギター放浪記 ナザレス(マーチン工場) 2014年7月30日 ヌルヌルする感触で目が覚めると、犬が私の顔を舐めていました。すでに日は昇っていましたがまだ皆さん就寝中です。歯ブラシを車に忘れたので取りに行こうと忍び足で玄関まで行ってドアを開けると、若者が座っていました。昨晩は見なかった顔です。「おはよう」と挨拶をしてから歯ブラシを手に戻ってくると、その若者が「昨日演奏した人でしょ? 昨日は僕はバイトが休みで見れなかった。」と残念そうな顔で話し掛けてきました。次の予定まで日程的な余裕はあったので、「じゃ、今日も演奏できるように頼んでみるよ」と言うと、「本当に!」と嬉しそうな顔をしていました。 朝食を店で作るから来いということで、店の裏手で典型的なアメリカの朝食を頂いていると、昨晩のD氏から「もし時間があればマーチンの工場を見学に行かないか?」とのメッセージが来ました。何でもフィリップスバーグから車で20分ほどのナザレスという町にあるとのこと。私はマーチンにはほとんど触れたこともないアコースティックギター弾きの風上にも置けない不埒な輩ですが、折角なのでこの日一日だけ「にわかマーチンファン」になることにしました。 見学ツアーは、20人ほどのグループになって30分ほどの行程で工場内を巡るというものでした。D氏は盛んに写真を撮っていました。ナイロン弦がメインというのもありますが、私がマーチンに縁がないもう一つの理由がネックの形状でした。中央が少し尖ったV字シェイプのネックが親指の関節を痛めるのです。ネックのホールドの仕方の問題だとは思うのですが、癖を矯正してまで弾こうという気にはなりません。中には蒲鉾型のものもあるらしいのですが。 工場見学が終わって再びフィリップスバーグの店に戻り、朝会った若者が働いている中で何曲か弾きました。イボンヌが結構なヘビースモーカーだったため、一服しに表に出る度に結構話し込みました。子供を亡くした親の本当の気持ちは私には分かりませんが、それがいかに辛いことかぐらいは私も一応子を持つ親でもあるので分かるつもりです。途中で、先ほどの若者がチップのつもりなのでしょう。5ドル紙幣を渡そうとしたので「気持ちだけで十分だから、その金はあそこにいる彼女とのデート代にでも使ってくれ」と気分はすっかり寅さんです。すると「あんたは才能があるから羨ましい」と来たので、「若いの、才能なんてものは誰にでもあって、要はそれを見つけるかどうかなんだよ」と寅になり切って言ってやりました。「いいこと聞いた」と嬉しそうでした。下の写真はD氏の伯母さんと談笑しているときのものです。 日が暮れ始めて次の目的地に向かう準備を始めたところ、イボンヌがズシッと重い袋を手渡してくれました。数日は食事には困らないくらい大量のラザニアです。その時、末っ子のピノが「ボストンは煙草が高いから、ピザの配達ついでに安い店に連れて行ってやる」とのこと。町の外れにある短い橋を渡るとそこはペンシルバニア州で、そこにあったガソリンスタンド併設のお店は実際に安く、それまでの一番だったサウスカロライナ州とほぼ同じぐらいでした。 店に戻り、全員と熱くてドライなお別れをしてから次の目的地であるマサチューセッツ州メシュエンを目指したのでした。奇跡のとどめはこの道中に突然訪れることになります。 *文中に登場する人物は、本人の確認が取れるまではイニシャル表記にしてあります。 |
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はじめに
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