北米ギター放浪記

番外編#2「2008年欧州ツアー/出発まで」

〜2008年7月17日

ここからの旅行記は、2008年当時に公開していた「モノローグ」にアップしていた内容をベースにしたものです。

3rd route

2008年の欧州ツアーは、2007年の暮にイギリスから来た「うちのクラブで弾かないか?」という一通のメッセージから始まりましたた。それまでも似たようなメッセージを貰ったことは何度かありましたが、数回のやり取り後に自然消滅していたので、今回も同じようなものだろうと思い、いつものように「やります」と返事をしました。すると、即座に日程を決めたいという返事が来ました。それまでにはないパターンです。「7月の初めにナッシュビルで開催されるCAAS(Chet Atkins Appreciation Society)に行くので、その後の方が都合が良く、たとえば7月23日なんてどうだろうか?」という具体的なものでした。この時点では、そのクラブがどのようなものか全然分かっておらず、ナイトクラブのようなものなのかと思っていましたが、聞いてみると、ロンドン郊外のチェシャムという街でフィンガーピッカー達が定期的に集まっているクラブで、年に数回ゲスト演奏者を招いているとのこと。そのゲスト演奏者の名前を聞いてびっくりです。日本でも話題のトミー・エマニュエル氏や、何度も来日しているミュリエル・アンダーソン氏、マニアの間では知らない人はいないトン・ヴァン・バーゲイク氏など、蒼々たる顔ぶれです。気軽に「やります」と返事したものの、「私なんかでいいの?」と思うような敷居の高さです。

地元横浜のライブでも数人しか来ないのに、はるか地球の裏側までライブしに行くというのは、馬鹿げた行為に見えるかもしれませんが、状況によってはこのような行為も必要なのです。もちろん、旅費の話などは一切出ていないので、お客さんの集まりが悪ければ、地元のでライブの何十倍もの赤字を抱えることになります。それでも行くと決めたのには、それなりの理由と状況があったのです。2002年に活動を再開して以来、2003年のフィンガーピッキングデイの本選に出させてもらった以外は、評価されるどころか、土俵にも上がれていない状態が続いていました。お客さんの数が年々増えていくのであればまだ希望も持てますが、低い数字で横ばい、あるいは下降気味だったのです。「好きなことで飯が食えるほど世の中甘くない」とか「定職を持て」だとかの周囲の声は出来る限り無視してきましたが、自分の中にあったちっぽけな自信のようなものも崩れかけていたのでした。このお誘いが来た前年(2007)の暮はまさにそんな状況で揺れていたのでした。イギリスでは私のそんな状況を知る由もなく、単にYouTubeで私の演奏を聴いて声を掛けてくれたのです。これは評価以外なにものでもありません。しかも、私には英語というもう一つの武器があります。勉強して覚えた英語ではないので、読み書きは苦手ですが、人と話したり冗談の一つや二つを言うぐらいの英語力はあります。もともと、ソロギターというスタイルは万国共通で、国や言語に関係なく楽しめるというアドバンテージがあると信じているので、それを実証するのにもよい機会になります。

しかし、はるかイギリスまで行ってライブが一回だけというのは何とももったいない話です。EU内の行き来が簡単になっている今、できるだけ多くの国を巡りたいではないですか。そこで、他にも行けそうなところがないか、YouTube経由で各国のギター仲間達に呼び掛けたところ、オランダ、スウェーデン、デンマーク、フランス、スペイン、ポルトガル、ドイツなどから続々とメッセージが来ました。しかし、その多くは、最初は熱く、徐々に冷めていくという類いのものでした。諦めずに呼び掛け続けたところ、ドイツのレムゴという街から24日か25日にケルンまで来れば迎えに来てくれるという具体的なメッセージが来ました。その後も先方の熱意が冷めることもなく、4月の半ばぐらいにはほぼ決定となりました。そこに今度はスペインのカディスというジブラルタル海峡近くの街から「7月23日にイギリスであれば、2日もあれば電車で行けるだろうから、19日ぐらいにどうだ?」というメッセージが来ました。EUの南西の端になるので、移動距離は相当なものになりますが、ここはギャラも用意するとのこと。そこにイタリアのフィレンツェから「ドイツからの移動日を考えて7月30日あたりにどうだ?」という内容のメッセージが来ました。スペインは、あてにしていた会場の都合で最終的には没になりましたが最後まで頑張ってくれたので、次に欧州に行く機会があれば声を掛けてみようと思います。イタリアは案外すんなりと決まり、5月の半ばぐらいには、イギリスからドイツ経由でイタリアという欧州を縦断するおおよそのルートが見えてきました。この時点で出発まで二ヶ月ということで、本来であれば飛行機のチケットを押さえておかなくてはいけない時期なのですが、ネットで調べた限り、7月17日までであれば比較的安い価格のフライトがあるのですが、それ以降になると繁忙期ということでかなり高くなってしまいます。最初の予定は23日のイギリスなので、17日にイギリスに入った場合は宿泊費等のことも考えなくてはなりません。

そこで、以前行ったことがあり、宿泊については何とかなりそうなチェコを日本との往復先にすることにしました。ちょうどドイツとイタリアの間に位置しているので場所的にも好都合なのです。時差ボケの調整にもなるでしょう。この頃ドイツから、乳癌の治療中に私の演奏を耳にして以来毎日聴いて励まされたという内容のメッセージがありました。可能であればドイツへのライブに来てくださいと返事をしたところ、チェコとの国境近くの村なので、北の方にあるレムゴまでは出掛けられないとのこと。チェコとの国境近くであれば、プラハから車で2〜3時間で行ける距離です。イギリスに行く前のプラハ滞在中か、ドイツからイタリアに向かう途中で寄れないか色々模索しまたが、最終的には彼女のお母さんが病に倒れたため、今回は見送ることとなりました。その間、その村からほど遠くないインゴルシュタッドという街からバーベキューパーティーで演奏しないかというメッセージも来ていたので、そこからの寄り道も考えましたが、ドイツの鉄道事情が分からないので無理は出来ません。そんな中、レムゴの人の同僚がオーストリアのブレゲンズという所にいるので、電車で行くのであればそこにも寄ればいいということになりました。こうしてすべての日程が決まったのは7月に入ってからでした。

こうして、チェコ→イギリス→ドイツ→オーストリア→イタリア→チェコという行程が決まりました。チェコ以外はすべて初めての国です。イギリスからドイツに向かう際にベルギーのブリュッセルで乗り換えがあり、イタリアに向かう列車がスイスのチューリッヒから出るため、ユーロレールパス圏外のイギリスとチェコを除いても5カ国をまたがる列車移動になります。そこで、六日間で5カ国を巡れるパスを購入することに。プラハからロンドンまでは格安のフライトがあったのですが、最後のフィレンツェからプラハはすでに途方もない値段になっていました。そこで、直行すれば恐らく2時間ぐらいのところを、フィレンツェから電車で1時間ほどのピサ(斜塔で有名な)からロンドンに飛び、そこで空港間の移動(ガトウィックからヒースロー)を含めて5時間待たされてからプラハに向かうという全行程12時間の長時間移動のフライトを押さえました。その時点でこれが一番安かったのです。フィレンツェから電車でプラハに向かう方法も検討しましたが、パスは24日から6日間だけなので31日にはすでに無効になっています。その翌日の8月1日には日本に向かうのでどんなに遅くなっても31日の夜までにはプラハに着いておく必要があったのです。このルートだけでも一ヶ月前に押さえておけばよかったと思っても後の祭りです。

チェコ、ドイツ、イタリアの人達とはSkypeを使って実際に声でやり取りすることができました。ドイツとイタリアにおいては、先方がカメラが使えないという理由で、向こうには私が見えていて私は向こうの声だけ聞こえているというちょっと不公平な状況でしたが、お互い不慣れな英語のメッセージでやり取りするよりは遥かにスムーズにコミュニケーションが取れました。

ツアーに向けての練習もよくしました。普段は新しい曲のアレンジに取り組むというのが練習になるのですが、新しいアレンジへの着手はしばし封印し、すでに弾ける曲をさらに安定して弾けるようになることのみに集中して練習しました。観光で行くわけではないので、演奏がまぁまぁでは悔いが残ります。ベストを出し切って初めて次の道が見えてくると信じてひたすら同じ曲を繰返し弾いたのでした。

*文中に登場する人物は、本人の確認が取れるまではイニシャル表記にしてあります。

「番外編」Supporter's Area「チェコ1」

目 次

はじめに
出国まで
シアトル
カリフォルニアへ
休息日
サニーベール
LAへ
レドンドビーチ
ツーソンへ
アルバカーキ
コロラドへ (奇跡の旅の始まり)
バーザウド
デンバー
オクラホマシティーへ
オクラホマシティー 2 days
テキサスへ
サンアントニオ
ジョージタウン
ダラス
ヒューストン 2 days
ベントン
ナッシュビル (CAAS)
ロスウェル
タンパ 2 days
マイアミ
オーランド 2 days
マートルビーチ
チャペルヒル 3 days
キングスポート
インディアナへ
インディアナ州フィンガースタイルコンテスト
スタテンアイランドへ
マンハッタン
フィリップスバーグ
ナザレス(マーチン工場)
マサチューセッツへ(奇跡の完結)
メシュエン
モントリオールへ
バッファローへ
メドヴィル前乗り
メドヴィル幽霊ホテル
デトロイト
シカゴ
ミネアポリス
番外編
番外編#2「2008年欧州ツアー/出発まで」
チェコ1
チェコ2
ロンドン
リバプール
チェシャム
ドイツへ
レムゴ
インゴルシュタッド
ブレゲンズ
イタリアへ
フィレンツェ
最後のライブ
帰国