北米ギター放浪記

番外編#2「レムゴ」

2008年7月25日

目が覚めたらすでに外は明るくなっていました。時計はあるのですが、普段使っていない部屋にありがちなでたらめな時間になっていて、携帯は電源が入らないし、MacBookの時計は日本時間のままなので、時差を計算しなくてはなりません。夜が短いと言っても陽の昇り具合から見て、上の階が動き出すまでそんなに掛からないと読み、まずはシャワーを浴びさせてもらうことにしました。お洒落なガラス張りのシャワーなのですが、床にまったく段差がありません。気を付けたつもりでしたが、浴び終えて床を見ると、シャワー室だけでなく外の廊下まで水が溢れていました。とりあえず目についたタオル類で拭き取りましたが、朝から大騒動です。

hill

一通り片付いた頃にB氏が降りてきたので、濡れたタオルの山を見せて何が起こったかを説明してお詫びしました。一通り見渡して「気にするな、朝飯だから上に来い」との言葉に誘われるまま3階まで行き、朝食をご馳走になりました。ドイツ語で奥さんに何かを説明していたので、おそらくシャワー室の一件を伝えていたのでしょう。奥さんからも気にするなと言われ、洗濯物があれば出しておくようにとのこと。プラハ以来溜まっていたので助かります。

朝食後に1階に降りて日記を書いていると、B氏が降りてきてレムゴの街に連れて行ってくれるとのこと。道中、レムゴの歴史を色々と教えてくれました。過去に日本との交流もあったそうです。目抜き通りの一本裏手の道沿いに彼のお母さんが住んでいるとのことで、まずはそこへ向かいました。B氏がすでに50代後半なのでお母さんも高齢なはずなのだが、そんな風には見えないしっかりした老婦人でした。この日の晩に行われる私のライブにも来てくれるとのこと。

Lemgo

車をそこに置いたまま通りまで行き、まずは銀行に入りました。田舎の銀行とは思えないモダンな作りの銀行で、その空間を効果的に演出している数々の間接照明のデザイン設計はすべて彼の会社で手掛けたそうです。銀行を出て歩いていると、店先に張ってあるチラシを指差して見てみろと。何と私のライブのチラシではないですか。よく見るとあちこちの店先に同じものが張られています。一ヶ月程前に最近撮った写真を送るように頼まれ、起き抜けにセルフタイマーで撮ったものを送ったのですが、その起き抜けの私が目抜き通りのあちこちにいるのです。もう少しちゃっんとした写真を送れば良かったと思っても後の祭りです。

poster

通りの中程にあるカフェでお昼にしようということになり、店の前にあるテラスでコーヒーとサンドイッチを頬張っていると、何人かが「今晩楽しみにしてるよ」と声を掛けてくれました。有り難いことです。

昼食後に車に戻り、街の外れにある彼の知り合いがやっているギターショップに向かいました。このような規模の街にギターショップがあること自体驚きですが、何とそこではギターも作っているとのこと。出来たばかりというギターを弾かせてもらいましたが、ドイツらしい重厚な鳴りのギターで、あまり弾くと私のホセラミレスがかすんでしまいそうだったので数曲弾いてから元の場所に戻しました。売り物としては出していませんでしたが、売るとすれば120万円ぐらいになるそうです。この時、ロンドンで土門氏から貰ったユーロコインのことを思い出し、折角なのでこれでハナバッハのミディアムゲージ弦を買うことにしました。コインが入った袋ごと渡したところ、雰囲気的にちょっと足りないような感じでしたが、在庫していた3セットを渡してくれました。B氏がうまく収めてくれたみたいです。実は、日本を出る数日前に長年使っていたスペイン製のオーガスティンからドイツ製のハナバッハに乗り換えたばかりだったので、ドイツにいる間に何とかゲットしたいと思っていたのでした。

guitar shop

店の前にはやはり起き抜けの私がいました。その後、一度家に戻りしばし練習させてもらうことに。前日は夜にちょっと弾いただけだったので、指先の感覚を取り戻しておく必要があったのです。しかし朝昼ときちっと食事をしたからでしょうか、気付いたらギターを抱えたままベッドで寝ていました。4時過ぎにB氏が降りてきて、そろそろ会場に向かうので準備をして表に出ろとのこと。昼間はどんよりと雲に覆われていたがこの時点では青空が広がっていました。彼のスティール弦(Lakewood)も念のため持って行くことにしました。ここ数年は主にナイロン弦を弾いていますが、ソロライブということで、音色に少し変化を持たせるのもありかということで(結局使いませんでした)。

会場となる店は、街から少し外れた場所にあり、夏休みということで少なくともここ数日は開いていなかったみたいです。我々が到着した時点では、テーブルや椅子などを動かしていて、そこにH氏も到着し、PAをセットアップして、私のギターにガムのようなものでコンタクトマイクが張り付けました。音出しを兼ねてしばし練習させて貰ったのですが、B氏がどこか落ち着かない様子です。この時点ではそこまで考えが及びませんでしたが、彼にとって、今夜のライブは一世一代と言ってもよいほどの大イベントだったのです。レムゴというのどかな田舎町にはるばる東の果てから来客があること自体稀なわけで、その来客がギター1本でライブをするなんてことはまずないことなのでしょう。いつもだったら私が心配する「客は来てくれるだろうか」「盛り上がるだろうか」などという不安でいっぱいだったようです。当の私は「30人は来る」という彼の言葉にすっかり安心していました。

soundcheck

リハを終えて表に出て店の周囲をぐるっと歩いてみました。裏側には野原が広がっていて、馬も何頭か放牧されていました。何とものどかな風景です。表につながる道路沿いには民家はほとんど見当たりません。当然お客さんは車で来るわけで、帰りはかなりの飲酒運転が発生する可能性があるのではと少し心配になりましたが、郷に入れば郷に従えです。店に戻るとすでに何名かのお客さんが来ていて、マスターから店のユニフォームのポロシャツをプレゼントされました。これが今宵のステージ衣裳となりました。

backyard

ほどなくして地元の新聞社の記者という女性が来て、私、B氏、H氏、それに店のマスターの四人が並んだ写真を撮ってもらい、その後B氏としばらく話し込んでいました。どうやらこの日のライブが記事になるみたいです。

for press

徐々にお客さんも到着し、そのうち、店の中に入り切らなくなり店の外にも椅子やテーブルが設置されることに。外まで音が届くのか不安になり、表に出てみると、そこにもアンプが置かれていました。AERのアンプは2台を直列に繋ぐことができるそうです。この時点で集客の不安は消えたわけで、後は私が盛り上げられるかどうかです。後でB氏に聞いたところでは、お客さんは全部で120人以上来たとのこと。

夕方のような明るさの中、H氏の挨拶(ドイツ語での)でライブが始まり、最初のうちはお客さんの表情も多少固かったのですが、MCのたびにほぐれていき、ビールもほどよく回った頃には演奏に合わせて口ずさむ人なども出始めました。途中、ある曲で手拍子をお願いしたら、すべての拍で叩く女性がいて何度かやり直したりしているうちに一気に場がほぐれました。予定通り約45分で前半を終えて休憩に入った頃にはすっかり夕暮れ時のような暗さになっていました。

on stage

20分ほどの休憩を挟んで、9時に後半のセットを始めました。お客さんもすっかりリラックスされ、途中からは演奏に合わせて歌う声もはっきりと聞こえるようになり、徐々に歌声喫茶のような状態になっていきました。ギター弾きの中にはこういうのを嫌がる人もいるかもしれませんが、私はまったく気になりません。10時頃に「次が今晩最後の曲です」と言った時点では、アンコールで数曲ぐらいに思っていたのですが、なんとそこから休憩もなしで12時近くまで弾き続けることとなりました。まさにレパートリーとの格闘です。BGMであれば多少の粗さは見過ごしてもらえますが、ライブではそうはいきません。私の場合、一度弾き出せば記憶がついてくるので「何を弾くか」さえ思いつけばいいのですが、これが中々難しいのです。曲が始まるとすぐ「次に何を弾くか」を考え出すということの繰り返しで、曲が終わっても思いつかないときは、MCしながら考えていました。

audience

まさかドイツでこれだけの大盛り上がりをするとは思いもしなかっただけに、ライブを含めた今宵全体がまるで夢の中での出来事のようでした。B氏もH氏もとても嬉しそうな顔をしていました。B氏は私がよく喋るのでびっくりしたようです。お客さんもライブが始まる前は、こちらから話しかけてもなかなか会話が弾まなかったのですが、終演後はアルコールも手伝ってか「こっち来て一杯やれ」とあちこちから誘われ、それぞれ少しずつですが多くの人と話すことができました。中にはスウェーデンから来たという方もいました。

店長やスタッフの皆さんにお礼を言ってからB氏の車でH氏の家に向かい、機材を彼の家の地下にあるギター部屋まで運び終えてから私はMacBookを開いて彼の家にある無線LANを借りてメールをチェックしました。ほぼ二日分の膨大な数の迷惑メールが来ていました。私は翌朝にはレムゴを出るのでH氏夫妻とはここでお別れとなります。家に戻ったらすでに2時近くで、早々に2人ともそれぞれの寝室に入りました。私は、だだっ広い居間の真ん中に置かれたベッドに腰掛けると一気に疲れが出て、そのまま寝落ちしていました。

*文中に登場する人物は、本人の確認が取れるまではイニシャル表記にしてあります。

「ドイツへ」Supporter's Area「インゴルシュタッド」

目 次

はじめに
出国まで
シアトル
カリフォルニアへ
休息日
サニーベール
LAへ
レドンドビーチ
ツーソンへ
アルバカーキ
コロラドへ (奇跡の旅の始まり)
バーザウド
デンバー
オクラホマシティーへ
オクラホマシティー 2 days
テキサスへ
サンアントニオ
ジョージタウン
ダラス
ヒューストン 2 days
ベントン
ナッシュビル (CAAS)
ロスウェル
タンパ 2 days
マイアミ
オーランド 2 days
マートルビーチ
チャペルヒル 3 days
キングスポート
インディアナへ
インディアナ州フィンガースタイルコンテスト
スタテンアイランドへ
マンハッタン
フィリップスバーグ
ナザレス(マーチン工場)
マサチューセッツへ(奇跡の完結)
メシュエン
モントリオールへ
バッファローへ
メドヴィル前乗り
メドヴィル幽霊ホテル
デトロイト
シカゴ
ミネアポリス
番外編
番外編#2「2008年欧州ツアー/出発まで」
チェコ1
チェコ2
ロンドン
リバプール
チェシャム
ドイツへ
レムゴ
インゴルシュタッド
ブレゲンズ
イタリアへ
フィレンツェ
最後のライブ
帰国